人が動かない4つの理由
February 02 ,2012
■■ コラムVOL.117
■■ 人が動かない4つの理由

やらなきゃならないのに、動けない。動いてくれない。
仕事でも、日常生活でも、やった方がよいとわかっているのに、
動き出せない、動きだしてくれない、という状態がままあります。
また転職活動をする前後にも、心のスイッチが入らない瞬間、
見えない"なにか"が邪魔をする瞬間、きっとあるのではないでしょうか。
そこで今回は、品川女子学院校長として知られる漆紫穂子氏が、就任
当時、たった一人で学校改革に乗り出した頃のエピソードが語られた
記事をご紹介したいと思います。
有限会社シャープマインドのマーケティング・プロデューサー
松尾順氏の『マインドリーディング-マーケターのための本格
応用心理学』から"人が動かない4つの理由"のご紹介です。
<以下、引用>
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
「心にスイッチが入らない」4つの理由と その解決策
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
以前、お会いしたことのある漆紫穂子氏(品川女子学院校長)が
手がけられた「学校改革」の話をきちんと聴きたいと思い講演に参加しました。
私立中高一貫校、「品川女子学院」創業者のひ孫であり前校長の娘で
ある漆氏は、大学卒業後、都内の別の学校の教員になっていました。
しかし、学院が危機的状況にあることを聴いた漆氏は、1989年、
28歳の時に同学院に入り、たった1人からの改革に着手します。
当時の品川女子学院は、まさに廃校寸前でした。
しかし改革に成功した今、生徒数は20年前の60倍へと増加しています。
同学院に入ったばかりのころ、漆氏が同僚などに現状を聞くと、
皆、異口同音に「もう手遅れだよ・・・」といったそうです。
ただし、誰もが「どこが良くないか」を指摘することはできたのです。
問題点がわかっていながらも、「あきらめモード」に入っていたんですね。
このため、改革の必要性をいくら訴えても、なかなか動いてくれなかったと
漆氏は当時を回想していました。
孤軍奮闘する毎日の中で、漆氏は
「人が動かない理由」には以下の4種類があることに気づきます。
1 知らない(現状を実感として把握していない)
2 責任を取りたくない
3 めんどくさい
4 あなたが嫌い
漆氏は、それぞれの理由について、次のような工夫で乗り越えていったそうです。
1 知らない(現状を実感として把握していない)
外部から見たらどんなに厳しい状況なのか実感してもらうため、
外の人に会いに行く時、同僚たちにも同行してもらった。
2 責任を取りたくない
学内の様々な改革プロジェクトチームにおいて、漆氏が「私が
責任を取るから!」と、いわば皆の「風除け」になることを明言した。
3 めんどくさい
できない理由を挙げる人は、漆氏とは「違う絵」を見ていた。改革がうまく
いった時に、生徒が喜んでいる「ゴール」のイメージを描いていたのに対し、
動かない人たちは、そのプロセスで遭遇するであろう、さまざまなトラブル
や障害をイメージしていた。
つまり、人によって、ゴールorプロセス、あるいは成果orリスクのどちらか
一方しか見ていないことがあるということ。そこで、漆氏は相手の見ている
絵がどんなものかを聴き、一方、漆氏は、自分見ている絵がどんなものか
を相手に伝えた。こうして、お互いの見ている絵を交換することで、
改革に対する理解と行動を促した。
4 あなたが嫌い
わずか5分でもいい、改革に関わる簡単な仕事を頼み込んでやってもらう。
そうすると視点が変わり、主体者意識が出てくる。こっち側に一度でも
連れてくれば、漆氏は嫌いな対立者ではなく、同じ改革に取り組む仲間になる。
こうして、漆氏は、周囲を巻き込みながら、
できることから改革を進めていったのだそうです。
ただ、結局のところ、「生徒たちが喜ぶ姿を見たい」というゴールイメージが
先生たちを動かす、最も大きな原動力になったようです。教師をやる動機や
充足感、すなわち漆氏の言う「心にスイッチが入る瞬間」は、生徒たちの
笑顔にあるからなのだそうです。
(引用元)
『マインドリーディング-マーケターのための本格応用心理学』
人が動かない4つの理由"|http://ji-sedai.jp/editor/blog/post_63.html
-----
さて、いかがでしょうか?
周囲を巻き込みながら、できることから改革を進めていった漆氏。
「相手を動かす」ケースとして紹介されていますが、これは自分自身の
心の改革にも活用できそうな情報です。心のスイッチが入らない、あるいは
(相手が)入れてくれない、そう感じるときは「できることから」の精神を
もって、この手法を参考にしてみるとよいかも知れません。
情報はすぐ使うヤツに集まる
January 26 ,2012
■■ コラムVOL.116
■■ 情報はすぐ使うヤツに集まる

仕事に必要な情報は「コレ!」という明確な目的意識で探します。
では、「あとで読む」というタイプの(仕事ほど明確な目的はない)
情報は、普段、どのような収集手段であつめていますか?
ネットをながめる、RSSストックする、とりあえずくわしい人に会う、
人によっていろんな方法がありますが、ではもし仮に、
『 本当に必要な情報が、あっちから勝手にやってくる 』
『 多くの時間を費やさず、必要な情報が必要なときに手に入る 』
こんな夢のようなことが実現できたら・・・?相当ありがたい話です。
そこで今回は、普段から忙しく活躍されているクリエイターの皆さんに、
賢い情報収集方法について語られたエントリーをご紹介したいと思います。
@takerunbaのはてなダイアリー「タケルンバ卿日記」から
『情報はすぐ使うヤツに集まる』です。
<以下、引用>
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
情報はすぐ使うヤツに教えたい
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
最近は弊ブログで食べ歩きの記録をよく載せておるわけですが、
積極的に記事や写真を載せるようになってから、ちょっとした
変化が起きております。
▼うまい店情報が集まるようになった
情報の集め方はそんなに変わってないんです。
自分自身で見つけたり「お、いいじゃん!」と思う店の数は変わってない。
生活とか行動パターンは変わってないので、変化があるわけがない。
じゃ何が違うかというと、
うまい店情報を教えてもらえるようになったのです。
「この店いいよ」「あそこうまいよ」「一度行ってみてよ」と教えて
もらう機会が爆発的に増えた。寄せられる情報量が劇的に増えたのですよ。
しかも本当にうまい。どれもこれもうまいのです。
▼情報が集まるようになった理由
・いろんな人に会ったから
交友範囲の広がりというのは、情報の広がりにつながるんだと思う。
・キャラクターが認知されたから
オレが食い道楽であることが認知されたことも大きいと思う。
▼「大事な観点が抜けてる」と、友人に言われた。
「それも理由だけど、情報が集まるようになるにはそれだけじゃない」
「大事な観点が抜けてる」と。
「その抜けている観点とは何じゃろな?」と尋ねたところ、
とてもシンプルな答えだった。
「オマエが実際にその店に行くことが大事だ」
「情報は使う人のところに集まる」
「オマエに教えれば実際にその店に行く。だから教える。行かないヤツには教えない」
▼すぐ行くヤツに教えたい
これはなかなかにハッとする指摘でした。
「情報は使う人のところに集まる」の対偶は
「情報が集まらないのは使わない人」ということ。
使えば集まる。使わないと集まらない。言われてドキッとした。
これは自分が情報を渡す立場になったときを考えるとわかりやすい。
誰かに自分がうまいと思う店を教える。一方に教えればすぐ行くヤツがいる。
もう一方には教えても行かないヤツがいる。どちらに教えたいかと言えば、
答えは明らか。すぐ行くヤツの方に教えたい。行かないヤツより優先度が高い。
▼使われたことが見返り
ある意味、これは情報に対する見返りなのかもしれない。
「教えた」という行為に対してきちんと使われたか。そこに教え甲斐は
あったのか。自分の手間がきちんと報われたのか。それを実際に使用
されたかどうかで判断する。金銭的な対価とはまったく別の話。
そしてそれは、教えたときからのタイムラグが少なければ少ないほどいい。
店を教えたときに、早く行ってくれるほどうれしい。そこに金銭は発生
しなくても、情報を教えた側にとっては十分な満足感がそこに発生しうる。
いや、むしろお金よりうれしい感覚があることも多いんじゃないかな。
少なくても自分はそうだ。
▼情報は川の如くなり
つまり情報ってのは溜め込んじゃいけないのだ。
使わなければダメなんだ。絶えず情報を動かす。流し続ける。
川の流れと同様、常に流してなければならない。溜めると澱む。
流れなくなる。使い物にならなくなる。やがて上流からの流れも絶える。
流し続ければ、その分の新しい情報は流入してくるし鮮度も保たれる。
新しい情報を手に入れるには、手持ちの情報をどんどん使わないとダメ
なのだ。情報を集めただけで得した気分になってはいけない。
きちんと使い、自分が得をする。そして情報がきちんと使われたことで、
情報源に得をした気分にさせなきゃダメなのだ。
「最近、うまい店情報がよく集まるようになったんだよね」という
何気ない話から、妙な情報論な発展。情報に対する貴重な教訓を得たのでした。
情報はすぐ使うべし。うまい店を聞いたらすぐ行くべし!
(引用元)
「タケルンバ卿日記」|http://d.hatena.ne.jp/takerunba/20080922/p2
-----
さて、いかがでしょうか?
情報は、絶えず動かし、流し続けること。
情報源に対し、得した気分にさせること。
情報があふれるこの時代、自ら広げたアンテナに
「情報がひっかかってくる」イメージでいられると
賢く効率的なインプットができるようになるのかもしれません。
「 必要な情報は、出会うべくして出会う 」
あらためて意識していきたいポイントでした。
想像力の欠如がもつ「強さ」
January 19 ,2012
■■ コラムVOL.115
■■ 想像力の欠如がもつ「強さ」

転職活動では、必要な決断を、あるべきタイミングで下す
ことが求められます。皆さんは、大事な物事を決断するとき、
どんな行動をとりますか?
未来を正確にシュミレートするために、十分に調査分析した上で
結論を導き出したい、リスクを排除するために比較検討を重ねたい、
きっと人それぞれにそれぞれの行動のパターンがあるのだと思います。
そこで今回は、@medtoolzが発信する「medtoolzの本館」から、
『足かせとしての知性』をご紹介したいと思います。
<以下、引用>
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
足かせとしての知性
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
「お前の1960年代を、死ぬ前にしゃべっとけ!」という対談本を読んだ。
息子さんが聞き役に回って、団塊の世代であった父親が、当時のことや、
現在の認識を語る本。もちろん編集の妙もあるのだろうけれど、聞き手に
回った息子さんの、父親と対比するかのような薄っぺらさが印象に残った。
「こうだろう」と決めつけて考察しない、
父親が「こうなんだよ」と説明しても響かない、
息子さんの有り様はとにかく薄くて、同時に何となく、その薄さこそが
強さになっているように見えた。あるいはまた、今でこそ分厚い知性を
身につけた父親が息子さんぐらいの年齢であった頃は、やはりそうした
薄さと強さを持っていたのだろうとも。
聞き役の息子さんは、海外留学経由の外資勤務だから、能力は間違いなく
高い人なのだろうけれど、その一方で、単純な陰謀論を、調べもせずに
信じていたりする。その一方でこの人は、世界中で仕事をしながら今に至る。
相手が積んできた何かに対する想像力を持たないことは、
人間をここまで薄く、同時にここまで強くすることにびっくりする。
「相手を見下すこと」は恐ろしい。見下して足下をすくわれてしまった
ときに、受け身が取れなくなってしまうから。同時にたぶん、相手を
見下す勇気を持たないと物事は成功しない。相手を「尊敬」している限り、
リスクは取れないだろうから。
勉強や想像は、やるほどに怖くなる。やれば何か積めるし、積んだら崩すのが
怖くなる。相手を知ることは勝つための基本だけれど、同時にたぶん、
知りすぎた人は戦う決断を下せなくなる。決断するためには「無知である」
ことが大切になる。知るほどにリスクは大きく見えて、それを見下せる人
でないとリスクは取れない。
知ることで、たいていの場合は賢くなれる。静止というのはたいていの場合に
「賢い」選択であって、動いて成功できるのは、むしろ幸福な例外であると言える。
ならば常に静止を決め込むのがはたして正しいことかと言えば、動きをやめた種は滅ぶ。
聞き手に回った息子さんの言葉には、端々に「どうせ○○なんでしょ」という
目線が見える。「どうせ」の先を調べて知った父親は、その後書斎にこもる
ことになって、「どうせ」で動いた息子さんは、世界を股にかけて働いた。
問題を複雑なものだと考える学者の人は、知りすぎているが故に決断できない。
知識は間違いを指摘することを容易にするけれど、背中を押す役には立たない
ことが多い。
ジョブズの「馬鹿であれ」という言葉は、個人的にはこんなことを言っていた
のではないかと思う。リスクに対して無知であり、顧客という存在に対して
想像力が「欠けて」いないと、必要な決断を、あるべきタイミングで下せない。
(引用元)『足かせとしての知性』@medtoolz
medtoolzの本館|http://ulog.cc/a/medtoolz/4247
---
さて、いかがでしょうか?
おそらく、私たちが求められる決断の多くは、
有限で、時にリスクをはらむもの。
「知り過ぎることは、時に決断の邪魔をする。」
改めて、考えさせられる内容でした。









